※ところどころ裏的です。接吻有ります。
ふわふわと漂うは紅白梅と美酒の香。
桜よりも一足先にやってきたお花見宴会に、浮き足だった大人達は、今ではもうすっかり酒に呑まれている始末。
そんな始末に負えない子供のような大人達に買い出しを押しつけられたのは、酒に呑まれぬ、こちらもこちらで若干大人げない男だった。
Blossom’s fairy face
「えーっと、氷に酒に摘みに団子に水…と」
こんなもんで良いだろ、としっかり領収書を尻のポケットに押し込み、不知火ゲンマは楊枝を揺らしながら宴会場へと戻り始めた。
まあ戻っても待っているのは梅の妖精などではなくて、ライドウにアオバ、イビキにアンコに紅…と、特別上忍の連中に上忍を加えたいつものメンバー。
ただいつもならコテツやイズモなど中忍メンツも参加させてパシリに使うのだが、今回はどうしても引っ張って来ることができず、結局ゲンマがパシらされることになってしまった。
とは言え別にゲンマが仲間内でそういう、使いっぱしりのキャラであるわけではない。
どちらかと言うとのらりくらり、誰かに押し付けたりやらせたりする方なのだが、今回は仕方が無かったのだ。
中忍連中は居ない。ライドウは最近また女にフられたらしく、自棄(やけ)酒飲んだ挙げ句に泣いてわめいて今やすっかり落ち込んでしまった。
そしてその泣き上戸に付き合ったアオバは、慰めていたと思ったら説教じみた事を言い出してライドウを落ち込ませ、
呂律(ろれつ)が回らなくなって尚何か言っていたが、今もまだ何か言っているのだろうか。
また対するイビキは黙々と酒を飲み続けいつの間にか酔い潰れていて、アンコと紅は花より団子! 花より酒だ! とすっかり出来上がっていた。
そうして悠々と酒を飲んでいた自分に、買い出しを歌うように命令してきたのである。
渋りはしたが、今日は雛祭り!女の祭りだぞ!と右大臣顔負けに顔を真っ赤にした酔っぱらい女二人の勢いにかなわず。
ゲンマがこうしてパシらされることとなったのである。
(桃の花見ならともかく、梅の花見で雛祭りもねぇだろうが。そもそもお雛様って歳じゃあ云々)
買い出しに向かう際はグチグチ文句も言っていたが、まあせっかくの花見だ。
酔い醒ましの散歩と気楽に思う事にして、ゲンマは宴会場までの帰路に就いていた。
「ん?」
と。
ふとした人の気配に見てみれば、そこには待望の中忍と下忍の姿がある。
「カモ発見♪」
ゲンマは思わず口の端を上げた。
しかも居るのはうずまきナルトと日向ヒナタ、そして油女シノ。
どういうトリオかいまいちよく分からないが、シノが居るなら素通りするわけにいかないだろう。
ゲンマとシノは、何を隠そう乳繰りあう(密会して戯れる)仲なのである。
「よぉ、何やってんだ?」
何食わぬ顔をして近付いていくと、同時に振り向くカモ三匹。
ナルトはぽかんとしたようなアホ面を向け、ヒナタはビックリしたように白い目を見張っている。
そしてシノは、目深にかぶったフードの中で、眉間の皺をぐっと寄せた。
話を聞いてみれば、どうやらヒナタとシノが梅の花を見ていたところへナルトが通りかかったらしい。
で、今度仲間内で花見でもやろうかと話していたのだそうだ。
「花見なら、今ちょうどあっちで俺ら特上もやってんぜ。あと紅も居るよ」
「紅先生も?」
「あいつは酒が飲めるならどこにでも現れるからな」
ゲンマが笑いながら言えば、先生…とヒナタが小さく嘆いた。
「どうだ? おまえ等もちょっと寄ってかねーか? 別に酒飲めとは言わねーが…ま、団子とか食いモンもあるからよ」
「食い物?!」
花より団子がここにも一人。反応を示したのはナルトだった。
「オレ腹減ってんだ。なあヒナタ、行こうぜ」
「え…あ…う、ぅうんっ!!」
嬉々として言うナルトに、ヒナタが驚きと嬉しさの混ざった様子で応える。
その反応にゲンマは心中で お、と思ったが、
「…ではお前達は先に行け」
と口を開いたシノに意識を持って行かれた。
「シ…シノくんは…?」
「俺は少しこの人に用がある。催(もよおし)しの場所はお前なら見つけられるだろう」
そう言ったシノにヒナタは少し狼狽えた様子でシノからナルト、ナルトからシノへと視線をさまよわせたが、ついにはこくりと頷いた。
それにシノも頷き返すと、ではと言ってゲンマの方を向き。
「行くぞ」
と偉そうに告げた。
梅の花の園を並んで歩いていく男女の姿を眺め下ろす。
立ち去るフリをして樹の上に身を隠させられたと思ったら、なんて事はない。カモ二匹のために席を外させられたのだ。
ゲンマはナルトとヒナタの姿を梅の花の間から見送ると、ふぅん、と鼻を鳴らした。
取りあえず買い出しの袋は持って行かせたので良しとしようか、と視線を逸らす。
シノは幹を挟んだ反対側の枝から眼下の二人を見送っていた。
「恋のキューピッド…ってか?」
揶揄するように言えば、眉間に皺を寄せたシノがこちらを向く。
「………そんなつもりは無い…」
そして静かにそう言うと、身を翻し音もなく地面に降り立った。
「応援するのは、仲間として当然の事だ」
同じく一瞬で地に足を着けたゲンマに、シノが振り返りながら続ける。
「まあ、お前らしいっちゃらしいけどな」
ゲンマは苦笑を浮かべると、シノに歩み寄り、その生真面目そうな顔を覗き込んで言った。
「あんま人の恋路には手ぇださねぇ方が良いぞ。恋愛ってのは親切が仇になったりする、怖ぇもんだからな」
「……そんなことは解っている」
覗き込んでもほとんど見えないシノの顔。
それでも素顔を知っている事もあり、多少は表情を想像できる。
きっといつもの、怒ったような平素の表情をしているのだろう。
しかし目と鼻の先に居る人間の表情を想像しなければならないというのも妙な話だ――。
そう思い、ゲンマは徐(おもむろ)にシノの黒眼鏡に手をかけた。
「おい」
するとシノが咄嗟にゲンマの手首を捕らえる。
「ちょっとぐらい良いだろ。外せよ」
「断る。何故…」
開いたシノの口にゲンマが指をあてがえば、シノの表情と体が僅かに硬直したのが分かった。
ニッと笑って自身の口も緩やかに開けば銜えていた千本がポロリと落ちる。
「コレあると、し辛ぇんだがな…」
そう笑いながら、ねじ込むようにキスをした。
変化に乏しいシノの表情を、ゲンマは誰よりも見知っている。担当上忍の紅や、仲間のヒナタ達、そして家族の者達以上に、だ。
誰もシノのキスをするときの表情など知らない。
シノが感じ、喘ぐ姿を知っているはずがない。
どのように体をしならせ、どのような声を上げ、どんな風に求めるのか。
その追い詰められた表情とそしてその後の、恍惚的な表情を、知っているのはゲンマだけだ。
「…ぅん、ふ‥っ、」
シノがゲンマの服の裾を強く掴み、外そうとする口から吐息が漏れる。
そんなシノを押さえ込みながら唇を舐め、口を離すと、ゲンマはフードの中の耳元で囁いた。
「お前は何も分かってねぇよ」
他人の恋路に気を取られて。
その親切心が今の状況を作ったのだ。
「っ‥!」
そしてその耳を甘く噛むとシノの肩がビクンと跳ねた。
ゲンマはフードの中で笑みを浮かべ、そのまま行為を進めようとした…が、その時。
「!?!!」
不意に走る激痛。
「ってぇ!!」
飛び跳ねるように身を離せば、シノの足が思いっ切り自分の足を踏んでいる。
「……俺が…」
地を這うような低い声に涙目を向けると、シノが怒ったような――多分今度は普通に怒っているのだろう――顔で睨んでいた。
「酔っぱらった、虎如きの餌食になると思ったか……」
全く、昼間から酒臭い・…と顰めた顔をぷいと背け、足を退けるシノ。
ジンジンと痛む足を押さえながら、それでも冷静に、そういやコイツ匂いの強い物嫌いだったなとゲンマは思い出した。
のも束の間。
「っ、おい待てっ、て。どこ行くんだよ、そっちは逆だぞ」
宴会場から離れて行こうとするシノに足をさすりながらも立ち上がり、ゲンマが声をかける。
するとシノはふと足を止め、僅かに振り返って言った。
「……ならばさっさと案内しろ」
そうしてまた逆方向へと向かおうとするシノに、困惑するゲンマ。
案内も何も宴会の場所など、シノなら蟲を使えばすぐさま見つけられるはずだ。それにヒナタ達が歩いて行ったのは反対方向。
そんな初歩的な事をシノが失念するとは…。そう考え、ゲンマははたとした。
もしかして……。
「俺と散歩して行きたいなら、そう言や良いのに…」
全く相変わらず素直じゃねぇなと、苦笑を浮かべる。
昔より更に容易くなくなったのは少々辛いが。
難攻不落なもの程落とし甲斐があるというもの。
「おいちょっと待て。お前…本気で踏んだろ」
痛ぇんだぞこっちは、とちょっと笑いながら、しかし足は引きずって、ゲンマはカモの一匹を追いかけて行ったのだった。
*
そして花見の宴もお開きとなり、雛祭りの一日も終焉へと向かいだした頃。
酔っぱらった大人達の後始末を終え三々五々帰らせたシノは、一番問題児である紅先生をナルトとヒナタに任せて、ゲンマに肩を貸していた。
一歩踏み出す度、ゲンマが手にしたビニール袋とその中の酒が揺れて音を奏でる。
残った物を持ち帰って来たのだ。
「…まだ飲むつもりか」
そう言ったら、
「おう! 俺はまだまだ飲めるっ!」
と子供のように諸手を上げてノリノリで言うものだから、シノはもう何も言わなかった。
今もやたらとウキウキした様子で、うふふえへへと不気味な笑みをこぼしている。
酒瓶を抱く紅といい、一体大人達はアルコール飲料の何にそこまで惹かれるのか。
酒の匂いだけで辟易するシノには、到底理解不能だ。
まあ大人でも飲めない者もいるだろうし、子供であっても飲める体質の者もいるのだろうが。
自分は絶対こんな大人にはならないと、シノは心の中で秘かに決意する。
そしてゲンマを家まで送りソファに落ち着かせると、ため息を吐いて立ち上がった。
「あれれ~シノちゃんどこいくの~?」
早速袋から酒を取り出していたゲンマが、幼児のような声を上げる。
「帰るに決まっている。あなたの晩酌に付き合うつもりはない」
「そ~んなつれないこと言わないでさぁ~。一緒に飲も~ぜ~?」
なあなあと裾を引っ張ってくる大人げない大人に、シノは今一度、やるせないような大きなため息を吐いた。が。
「断る。何故な…」
応えようと開いた口にツ、と指をあてがわれ、表情と体を僅かに強張らせる。
「そう、不安そうな顔すんなって」
そう言う声と、ニッと笑った不敵な表情は、さっきまでのそれとは明らかに違った。
酒臭さは変わらないが酔った感じは微塵も無い。
「酔った勢いで、こんな上等な肴(さかな)、喰ったりしねーよ」
熱い眼差し。唇に伝わる指の感触。そして心地よく響くその音声に、思わずドキリとしてしまう自分が悔しい。
ぎゅっと眉根を寄せたシノを見たゲンマは、愉しそうにふふふと笑って言った。
「お前って、ホント良い表情(かお)するよな。俺大好きだわ」
ふわふわと漂うは紅白梅と美酒の香。
口を開けられた梅酒の香にシノは、今日は梅ではなく桃が主役なのではないのか…と、気の抜けたような、ため息を吐いた。
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あとがき
先日プレイルーム(2010/2/19)で触れたネタを、ちょっと発酵させてみましたw
(ゲンマさんの背景は梅でも桃でもなく、桜だと思われますが。。)
(桜と言えば雛壇には『右近の橘・左近の桜』って言って桃は飾らないらしいですね。)
(歌には『お花をあげましょ桃の花』ってあるのに……何でだろ)
(まあそれはさておき)
本日は雛祭りと言うことで桃の花見にしようかとも迷ったのですが、敢えて梅で!
ゲンシノでは桃は以前取り入れましたしね。
桃のお花見もあるようですが、私的に花見と言えば桜か梅…というイメージもあり。
桃酒もありそうですが梅酒の方が一般的ですし。
そんなわけで今回シノには桃花の妖精ではなく、梅花の妖精になってもらいました!ww
紅梅の精でも好いけれど、どちらかと言えば白梅の精かな。。
雛祭りと絡んでいるように見せ掛けてほとんど関係ない上、梅の花言葉『忠実』『気品』など微塵も無いお話となりましたが(笑)
皆様! ハッピー・雛祭り!!!
(10/3/3)